ボスニアヘルツゴビナ、最初の訪問地。首都はサラエボ。サラエボといえばみなさんよくご存じと思います。第一次世界大戦の勃発の引き金にったオーストリーの皇太子夫妻を狙撃した都市。冬季五輪の開催地、ユーゴースラビアと独立で紛争した国。

バルカン半島はヨーロッパの火薬庫、最後のヨーロッパとも言われています。上の事件からも全世界を騒がせる事件が起きています。

5か国訪問ですがどの国にも共通していえる事は独立後間もない、資源がない、鉱産物が無い、工業も発達していない。

インフラの未整備、高速道路は無い、トイレも不備、僅かな土地で農業、果実で生活している、貧しい国です。

バルカン半島というから、なだらかな平野が続き、のんびりした国々かなと思ったら大違い、サラエボの飛行場を出て最初の訪問地ヴェシラードへの道は110km、すぐに両側を険しい山々に取り囲まれて曲がりくねった道を進みます。2000m級の山に囲まれているとか。

やっぱり来てみないと分かりませんね。左の写真はきれいな川に沿った道路を進みます。

ヴェシグラードの町はボスニアヘルツゴビナの東の方セルビアの近くに位置します。


右の写真、ヴェシグラードの世界遺産でソコルルメフメド・バシャ橋です。

ボスニアヘルツゴビナはボスニア人とゴビナ人の二つの民族から出来ています。二つの民族といっても同じような顔で区別は付かないといいます。
北側の方はキリスト教、下側の方はイスラム教、つまり宗教の違いによる紛争と、国家権力闘争のようです。

ボスニアとゴビナは一応仲良くしているようです。そのため公務員が20%くらいいるとか。両方の民族のための公務員とそれを纏める公務員ということだそうです。

イスラム教とは何故?7世紀にオスマン帝国が支配した。アラブ人が入って来た。すべてイスラム文化、イスラム教になった。オスマン帝国が滅びて、16世紀にオーストリーのハプスブルグ家がヨーロッパを支配した。キリスト教に変わった。
そのため二つの宗教が入り交ざっての宗教戦争の体を成している。  次ページ