11月6日、アンコール.ワット観光。これをみるために、危険を侵してきたようなもの。絵葉書のように美しい。しばし感動。、
正面、中央神殿を見て、左右に経蔵と手前に聖池をみながら参道へ。 クメール語で、「寺のある町」という意味です。 スールヤバルマン二世は1113年から30年かけて、ビシュヌ神に捧げる祠と同時に、王自身の墳墓として建立した。 これがアンコール.ワットの墳墓寺院といわれている。 |
9〜13世紀に、トンレサップ湖の北西の広大な土地に、スールヤバルマン二世がアンコール.ワットを1113年建立した。
600以上の大小さまざまな寺院が建立された。最盛期には人口20万人の都で、東南アシア随一だった。 |
現在カンボジア国内情勢の安定に伴い、遺跡全体の発掘と修復に力を入れ始めている。