コパン遺跡はまだまだ開発途中です。ご覧のようなジャングルの中に埋もれています。左端の写真の木、幹から直接、実が成っています。マラカスの木、雨ごいの神様でマラカスは風と太陽を呼ぶ。

真ん中の写真、コンゴウインコが群れて飛んでいます。コンゴウインコは陽、ジャガーは夜。

右側の写真、人の顔だけ、よく見ると顔に皺が寄っています。皺が出来る程長生きしたという人で当時の憧れでした。

食べ物も衛生状態も悪く、医療の発達の無い時代は病気になったら死ですから皺になるまで生きるのは並大抵の事ではなかったのです。


























マヤ王朝は歴史的には462年ヤッシュクックの即位を持って王朝が開かれたという。この後15人の王様が治めて400年に渡り続きました。

最も栄えたのは13代目のウサギ王の時代です。725年キリグアの嵐の空王に捕らえられ悲惨な最後迎えました。以後急速に衰退していった。

ウサギ王は自分が最大の権力を保持していたので油断したのでしょう。敵陣に無防備で訪れた。それを見たて敵の王は「今だ!」とばかりに殲滅にかかった。過信は禁物です。いつも初心に帰るべきです。

ウサギ王の死を悲しんだ一羽のケツァールが王の血に染まった胸に止まった。その胸の血が緑色の鳥の胸にべったり着いた。それで今もケツァールの胸毛は真っ赤な色をしている。

西広場。左の写真、11号神殿、天文台の役目もあったらしい。       



      

















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