扶余見学、百済の文化の古都扶余。 日本文化の基になる漢字、絵画、建築、暦学、医学など大陸からの伝達の原点だった古都。
367年、百済の使者。 初來日から数々の文化が伝来したのは、歴史書に詳しく書いてあります。 学校で学びました。
飛鳥、奈良の都の法隆寺、東大寺、広隆寺など百済人の手になるものがほどんとです。 日本最初の大僧正の行基や東大寺開祖の良弁など、百済系のお人だった。
法隆寺の釈迦三尊や広隆寺の弥勒菩薩なども、百済人の仏師、雅楽の基の伎楽の教えも、百済人の味摩之。
日本庭園の基も百済の人だという。 百済との交流は見逃せません。
百済の歴史は歴史書にお任せして、観光を進めましょう。
儒城温泉から3時間以上かかって扶余へ。 狭いまだ整備されていない砂利道を、バスが民家の軒先をかすめるように通りながら、白馬江の落花岩へ。
白馬江に面している丘。 滅びた百済王国の城塞と宮殿跡。 百済の歴史を物語る史跡がたくさんあります。
上の写真、落花岩、百済の最後の日。 山上の後宮にいた3000人の宮女が、迫る敵兵の魔手から逃れるため、白馬江に身を投げた。 川は真っ赤に染まったという有名な所。 川の右手にその碑が書いてあります。 山上から白馬江を眺めたら雄大な景色です。
山上の遺跡は次ページで。